名刺の歴史と現在

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屋敷名刺の歴史は非常に古く、古代中国の後漢頃といわれています。使用方法は現在のものと違い、科挙官僚、地主、文人を兼ね備えた士大夫階級が、邸(一定以上の階級の屋敷)を訪れたときに門に置かれた箱の中に姓名と身分を書いた札を入れ、取次を要請した習慣とされています。そのときに使用された札が「刺」と呼ばれ、名刺の起源とされています。起源がアジアということもあり、名刺は中国や日本、韓国や台湾など東アジアを中心に使用されていましたが、近年ではアジアでのビジネスの広がりや、メールアドレスの交換を行うために欧州でも使われるようになってきました。

インターネットの普及が盛んになる以前は、名刺というと社会人が持つものであり、大人(社会人)の証拠のようなものでしたが、インターネットの普及に伴いメールアドレスが一般化すると、オフ会などでメールアドレスの交換に使用されるようになり、未成年であっても使用されるようになってきました。

日本では名刺は、会社名や所属(役職)、会社住所、電話番号(FAX番号)などが記され、裏面を行う場合は取り扱い品目や会社の仕事内容などが記されるケースがありました。現在でもそのような印刷を行っている名刺は数多く存在していますが、連絡先は会社の電話番号だけでなく、メールアドレスや会社のHPアドレス、携帯電話の番号などが表記されています。名刺という名前と形は同じであっても、時代に合わせて中身は変わってきているのです。

 

現在では名刺も広告の一部に

私が子供の頃、おじいちゃんは国鉄のお偉いさんで、その名刺入れには同じ大きさの、同じようなデザインの白い札が沢山入っていました。まるでトランプやカルタなどの様に一様のカードがぎっしりだった記憶があります。その頃の記憶から、これは白い物である程度の規格通りのデザインであるべきものと私の脳には刷り込まれていました。

私が社会人となり、当然自分もその白い札を用意されました。その白い札には些かの疑問もなく、先方に渡す時にも渡される時にもいわゆるこれは形式的なフォーマットの物であって、こういうものなのだと思い込んでいました。ある日取引先の方から写真入りのものを渡された時、今までと違うフォーマットであることに衝撃を覚えました。明らかに今まで私が常識としていたことに反していたのです。

それ故に、当時その方の事は忘れ得ぬ存在となり、ちょくちょく物事のお願いをしていたものです。現在では元々ただの白い札だったものが、様々なものを見かけるようになりました。両面印刷されたもの、顔写真が入ったもの、全体が写真のもの、色とりどりの色彩のものなど。

私が社会人になった頃は、単純に自分という存在をメモした紙を相手に渡していただけだったものが、現在では自分や自社のイメージを崩さず尚且つアピールできる広告にまで昇華してきたのでしょう。現在では私自身も如何に自分のやっていることをアピールできるかなどを考えて、デザインを考える立場となっています。今後電子的な物がより発達し、名刺に含まれる情報も今の比ではない程になるかもしれませんね。

 

名刺に歴史を感じるとき

最近、入社して以来、14年間の自分の名刺をながめてみました。すると時代の流れがうかがえるものがいくつかありました。

まず、入社した時ですが、英語表記はなく、紙の品質もコストを意識しない上質なものでした。新入社員にそぐわず、かなり良いものでした。

そして、エコを意識するようになってまず、紙の素材が変わっていきます。会社としての意識を表に出すためのエコマークなどが名刺にはいったり、情報セキュリティの認証を持っているというマークが入ったりと少しずつ表記が増えていきます。

そして何より大きな変化は英語表記です。グローバル化が進むにつれて、次第に英語表記が増えていったのを覚えていますがわたしもいつのまにやら名刺への英語表記が必須になっていました。正直、海外の方との名刺交換など年に数回にもかかわらずです。コスト的にはさほどかわらないのであれば、社員にグローバル意識を持たすためにはてっとり早い手段かもしれません。